第62号 株式会社金子園 市川雅恵氏

茶業に携わるたくさんのガンバル人の中から、とびきりの頑張り屋さんをご紹介するこのページ。
今回は、高円寺に本店があり多摩に配送本部を持つ株式会社金子園さんの市川雅恵さんにご登場いただきました。副社長市川恭秀氏の長女として生れ、異業種で販売やセールスプロモーションの企画を経験。約5年前に金子園に入社され、現在はパンフレットの制作や季節のセールスプロモーションなど、企画の仕事をされています。
昨年11月に開催された日本茶テイスティングフェスティバルは、実はこの雅恵さんが「やってみたい!」と熱いココロで挑戦してくださったおかげで実現、成功することができました。人集めからテイスティングブックの作成、社内の合意形成と獅子奮迅の働きの中でも、率直でブレがない静かな情熱と温かい包容力が光る素敵な女性。「日本茶、まだまだイケますよ!」というコメントに、茶業界の新しい風を感じる取材でした。

●金子園さんに入社するまでの経歴を教えてください。

 私が新卒の頃は、まだ「寿退社」という言葉が当り前に使われていた時代で、女性は男性社員の補佐をするのが仕事、という位置付けの会社が大半だったんです。就職活動をする中で、「女性にもちゃんとした活躍の場があって、ずっと働き続けられる会社に就職したい」という思いがずっとありました。母ですか?母は、結婚前は保育士で、結婚後は金子園府中店で働いていましたね。鍵っ子で寂しかったので、母の影響でキャリアウーマンを目指した、というのとは違うのですが‥。
それともう一つ。金融とか保険とかではなく、衣食住のどれかに携わる仕事に就こうと決めていました。何故でしょうか?「一生働き続ける」ことと「衣食住に関わる仕事をする」という二つの柱は、ずっと揺るがなかったんです。
最初に入社したアパレルメーカーは、唯一女性の管理職が存在したことが決め手で入社したのですが、世間知らずの新卒なのに、いきなり役員秘書に抜擢されて、自分の進む道と思えずに転職しました。

  転職先は直輸入のブランド品を初めて日本に紹介した老舗の営業販売部です。ここでは、大変な高額商品を値引きせずに販売することの難しさと楽しさをとことん学びましたね。例えば地方にいらっしゃるお客様が、「息子の卒業式に着るスーツをフルセットで、丈詰めもして送ってください。貴方のセンスで選んでね」というようなお電話をくださるのです。商品知識はもちろんですが、販売員の人間的なスキルがとても大切で、「この人から買いたい」と思っていただけることが前提。お誕生日のアプローチやお手紙・お電話などすべての接点で、「失礼がないように」というレベルを超えて、いかに一人一人のお客様の心に届くか、を想像して行動するということが、とても勉強になりました。
その後JR東日本グループの商業施設部でエキナカのオープニングの告知やキャンペーンの企画など、販売企画の仕事を経て、約5年前に金子園に入社したのです。

●入社される前から、お茶屋さんの仕事に興味はありましたか?

 利用したこともないし、日本茶も積極的に飲まない、ごく一般的なOLという感じでした(笑)。そう言えば、セールスプロモーションでたまたま裸麦が必要になって、探したことがあったんです。デパートにもスーパーにもなくて、必死になって探し回っていて、「あっそうだ、金子園にならあるかも?」と思って行ってみたら、当り前のように何種類も裸麦があるんです。「さすが、すごいな、専門店は!」と感嘆したことを鮮明に覚えていますね。

●実際に入社されてからはいかがでしたか?

 すべてにおいて「びっくり」の連続(笑)。一つの光を目指してチームが組まれてプロジェクトを廻すという仕事のスタイルから、個人個人が日々の案件を各自の知恵と経験で対応する仕事へ、スピード感も価値観もまったくちがう世界です。
一方、日本茶に関して言えば、奥深さを知るにつれて、心から素晴らしいと魅了されました。日本茶をキライな日本人はいないですし‥(笑)。
ある時、「緑茶はできれば茶専門店で買いたい」という消費者は7割弱存在するのに、その中の約半分の方しか、「実際に茶専門店を利用していない」という調査資料を読みました。(2004年 静岡県立大学経営情報学部岩崎研究室調べ n=1,003人)
 衝撃でしたね。「茶専門店で買いたいのに利用していない」方達にお店に来ていただくことが、もっとも近道なはずです。何かが足りないから、茶専門店で買いたいのに利用していただけないということです。

●雅恵さんは、何が足りないと思われますか?

 情緒的な部分、お客様の気分を盛り上げるところが足りないのではないでしょうか?
 品揃えの充実、例えば品種や価格帯のバラエティというような部分で、専門店は差別化を図ろうとしますが、「たくさんあるから買いたいか?」と疑問に思います。これからの世の中、マスに迎合していく大きなところよりも、オリジナリティのある小さなところのほうが魅力的ですよ。たとえば塩だけで300種類を扱う塩の専門店とか、レアな品種も扱うトマト専門店とか、注目され繁盛していますよね。消費者はどんどんマニアックになっていて、その上インターネットでお客様が自ら欲しい商品はほぼ100パーセントお取り寄せできる時代です。

 それでも行きたい、利用してよかった、と選んでいただくには、「お茶なんてどれでも一緒でしょ」とスーパーでトイレットペーパーを買うような感覚ではなく、日本茶の魅力をいかに深掘りして、専門性を情緒的な観点で伝えるか、ということが大切だと思います。

●20種類の日本茶を無料で飲み比べるイベント「テイスティングフェスティバル」に挑戦されたのも、同様の考えからですか?

 まず、自分がすごく行ってみたいなあ、と思えたことですね。もう一つは、OL向けのフリーペーパーの編集をしている友人が、誰も予想していなかったのに「OL煎茶教室」が色々な教室の中で一番人気だった、と話していたこと。お店で待っているだけでなく、イベントで味を知ってもらう、実際に日本茶の奥深さの一端を体験していただくことが、きっと次に繋がると思えたんです。

 根っこがないと花は咲きません。花を摘むことばかりに目が行きがちですけれど、根っこにどんな栄養を与え、どんな風に手をかけるかで、咲く花は大きくちがって来ます。テイスティングフェスティバルは、美しい花を咲かせるための根っこへの栄養ですよね(笑)。

●実際のイベントでは、お茶を淹れる社員の皆さんのモラルの高さ、真剣な姿勢に感動しました。

 私自身も驚きました。金子園のスタッフは、目利きのお客様を日々お相手しているので、お茶に対する姿勢はとても熱い。玉露の担当になったスタッフは店頭の試飲で玉露を淹れて練習していたり、当日だけのスペシャルティの担当者は「このお茶に関するもっと詳しい資料をください」と問い合わせてきたり、家で特訓したというスタッフも沢山いて、イベント後には「入社以来こんなに真剣にお茶と向き合ったことがなかった」「感動した」「またやりましょう」と、スタッフのモチベーションも大変上がりました。
 その熱意が伝わったこともあり、お客様からは「さすが専門店よね」「大ファンになりました」と高い評価をいただきましたし、会場には本当にいい空気が流れていたと思います。
 もともとは、私が「やりたい」と言い出したことで「営業時間にスタッフをかりだしてすみません」という感じだったのですが、お客様もスタッフも幸せで感動できて大成功。やって良かったです。

●実際にイベント当日までのプロセスでご苦労された点について、お聞かせください。

 全く初めての経験ですから、すべてが手探り。どうやったらいいか、吉村さんのスタッフと一緒に作り上げたという感じです。
 急須と湯呑みにこだわっていたので、最初は現場のオペレーションに気をとられていたのですが、予想以上に集客に難航して、40日前に周辺のマンションにご案内をポスティングしたレスポンスは惨憺たるものでした。そこから三百人の来場者まで持っていくのに、あらゆる手を尽くし(笑)、計画的なプレスリリースは次回の課題です。全くの新規のお客様は23パーセントにとどまりましたけれど、東京の永山で開催するのに、横浜・鎌倉・千葉・埼玉というように、インターネットで情報を得て遠くからいらっしゃった方も相当数いらして、時間も交通費もかけていらっしゃる方達の事前期待を裏切れないと緊張しましたね。

 ほとんど売る気ゼロだった物販もお茶だけで208本販売し、高いお茶・希少なお茶から売れていって、こういう場を作って日本茶を体験していただき、お客様の気分を高揚させて、価値を感じていただくことが出来れば、安売りしなくても購入していただけるのだ、という発見もありました。

●入場時にテイスティングブックを渡し、その記述を頼りに飲み比べをして、最後に投票をする、という一連の流れがあるので、お客様参加型のイベントになっていたように感じました。

 テイスティングブックは、20代の急須をもっていない方にも伝わるように、やさしく簡単な言いまわしに苦労しました。「すっきりと目覚められそうな香り」とか「口の中がさっぱりする」とか、なるべくイメージが湧くような言葉を選んだのですが、参考にしたのはレストランのメニューやワインの説明書など、ちがう業界ですね。
チャート作りも難しかったです。20種類のメニューは、金子園の主力商品以外は、味のちがいでセレクトして、日本茶の世界って奥深い、という体験をしていただけるように配慮しました。

 今年は金子園創業75周年の年。感謝の気持ちも込めて、第2回テイスティングフェスティバルをする予定です。2年目の今年は、企画の段階からスタッフを巻き込んで、イベントを作るプロセスも共有したいと考えています。
テイスティングフェスティバルをして、「実は潜在的に日本茶を飲んでみたいという人は沢山いるんだ」ということが実感できましたので、「日本茶、まだまだイケル!」と思っています。